加西市観光まちづくり協会
加西市役所 ふるさと創造部
文化・観光・スポーツ課内
〒675-2395
兵庫県加西市北条町横尾1000番地
TEL:0790-42-8715
FAX:0790-42-8745
Mail:kyokai@kanko-kasai.com

img1img1_thumbimg2_thumbimg3_thumbimg4_thumb

6.2haの園内には、播磨風土記に記された根日女の恋伝説を伝える玉丘古墳をはじめ6基の古墳が点在しており、それらの古墳を取り囲むように芝生広場や湿地観察園、ガイダンス棟、野鳥観察デッキなどが整備されています。
玉丘古墳は、5世紀前半に築造された全長109mの前方後円墳で、県下6番目の大きさを誇り、墳丘や外堀が姿良く残っており、国の史跡指定を受けています。
また、古墳時代の恋物語を文献(播磨風土記)で今に伝える古墳は全国的にも稀で、古代歴史の浪漫が漂う公園は悠久の時を越えて市民に親しまれています。

施設詳細

名称:
玉丘史跡公園(玉丘古墳群)
所在地:
兵庫県加西市玉丘町76
休み:
なし
駐車場:
なし
アクセス:
中国自動車道加西ICを南。玉野交差点を西へ進み、次の信号南すぐ。
指定文化財等:
国指定文化財→玉丘古墳群
問合先:
0790-42-8823(加西市観光案内所)

img5img5_thumbimg6_thumbimg7_thumbimg11_thumb

加西市街から、車で約15分。つづら折りの山道を抜けると法華山一乗寺に着きます。一乗寺は、西国三十三か所第二十六番札所の天台宗の寺院です。御詠歌にも「春は花 夏は橘 秋は菊 いつも妙なる法の花山」とあるとおり、春、秋の時節には桜、紅葉の名所としても知られており、特に紅葉で境内が彩られると山間の古寺は観光客で賑わいます。石造の卒塔婆(そとうば)を横に歩を進め、石段を上がっていくと常行堂があり、次の石段をあがると、国宝三重塔が眼前にあらわれます。
この三重塔は平安時代末期、承安元年(1171年)の建立とされており、日本を代表する古塔の一つです。屋根は、上に行くほど小さくなるように造られおり、安定感のある優美な塔であるのがよくわかります。
その他、石造宝塔、奥の院開山堂等文化財が多く存在しており、特に国宝に指定されている「聖徳太子及び天台高僧画像」は有名です。小鳥の遠音に耳を傾けながら都会の喧騒を離れ、ゆったりとした時間を過ごしてみてはいかがでしょう。

施設詳細

名称:
法華山一乗寺(ほっけさんいちじょうじ)
所在地:
兵庫県加西市坂本町821-17
問合先:
0790-48-2006(法華山一乗寺)
拝観料:
400円(宝物館の拝観には、別途500円必要)
※宝物館の予約については、2週間前までに連絡要
拝観時間:
8:00~17:00
休業日:
なし

指定文化財

国宝:
三重塔、絹本著色聖徳太子及天台高僧像
国指定文化財:
妙見堂、弁天堂、護法堂、五輪塔、本堂、絹本著色阿弥陀如来像、絹本著色五明王像、銅造聖観音立像、木造法導仙人立像、木造僧形坐像、銅造観音菩薩立像
県指定文化財:
鐘楼、石造宝塔、石造笠塔婆、三重塔古瓦
市指定文化財:
石造九重塔

img12img12_thumbimg22_thumbimg13_thumbimg14_thumb

浅野内匠頭長直は常陸の国(茨城県)笠間の城主であったが、正保元年(1644年)大阪加番を命じられ、翌年6月同じ石高をもって播州赤穂へ国替えなります。これが赤穂浅野家の初代です。
赤穂城主となった長直公は赤穂藩53000石の領地を見聞され、特に飛地で石高の多い旧加西郡の北部(現加西市)8920石の領地を熱心に見聞されました。そしてその途中、久学寺にて宿泊され、当時の住職に深く帰依され山林田畑12石を寄付され、浅野家の菩提寺として父、長重公と浅野家代々の弔祭を依頼されました。
その後、長直公は現花岳寺を再建され中興開山として久学6世と7世住職をも招請し浅野家の弔祭を依頼されました。
やがて、長直公も隠居されその子、長友が後を継ぎましたが僅か5年足らずで若死されたのでその長子である長矩が9歳で赤穂5万石の家督を継ぎ祖父の官名(内匠頭)を賜りました。
その後、赤穂藩では旧加西郡大和村(現多可郡八千代町)に灌漑用のダム建設に着手し、その工事の進行を城代家老である大石内蔵助が再三訪れ、久学寺に宿泊し、当時の住職と囲碁を楽しんでおられた様です。江戸城での刃傷事件の時、江戸から早籠が赤穂に到着した時も大石内蔵助は久学寺で碁を打っており、赤穂よりの使者から刃傷事件を聞き慌てて赤穂に帰られたという言い伝えがあります。
また、菩提寺という関係から浅野内匠頭長矩公及び46士の戒名は久学寺住職が贈ったという記録の過去帳が現在保存されているほか、大石内蔵助(花岳寺の維持、浅野家の弔祭依頼)と吉田忠左衛門、大高源五の手紙(先祖供養の依頼)も保存されています。

施設詳細

名称:
河上山久学寺
所在地:
加西市上芥田町982
問合先:
0790-42-8823(加西市観光案内所)

img15img15_thumbimg23_thumbimg16_thumbimg17_thumb

北条の宿(ほうじょうのしゅく)は、1200年以上前に建立された住吉神社、酒見寺(さがみじ)の門前町として栄えてきました。戦国時代に小谷城主であった赤松氏が「古市場」を開いたことから、『田舎なれども北条は都、月に六斎(回)市が立つ』と謳われるほどに繁栄し、江戸時代には京都と出雲を結ぶ東西の街道に南北の街道が集まる交通の要衝にある宿場町として栄えました。
現在でも、住吉神社や酒見寺の周辺の門前町、そして旧街道沿いには当時の繁栄をもとに多くの商家が贅を競って趣向を凝らした家屋やその面影(卯建、虫籠窓、鏝絵、出桁造り等)を随所に見ることができ、散策の道として楽しめます。

施設詳細

名称:
北条の宿
所在地:
北条町旧市街地 指定文化財
国登録有形文化財:
高井家住宅、水田家住宅、大信寺、 住吉神社
県指定文化財:
酒見寺鐘楼
市指定文化財:
酒見寺楼門、五百羅漢石仏
問合先:
0790-42-8823(加西市観光案内所)

img18img18_thumbimg19_thumbimg20_thumbimg21_thumb

姫路海軍航空隊鶉野飛行場は、太平洋戦争が悪化しはじめた頃、優秀なパイロットを養成するため、昭和18年に完成した旧日本海軍の飛行場跡です。飛行場の建設に伴い、昭和18年10月には姫路海軍航空隊が開設され、同時に航空整備、兵科、運用、主計、航海、機関、通信、工作、兵器、砲術、医務等の兵隊が在隊していました。また、飛行場の西南には、川西航空機姫路製作所鶉野工場があり、「紫電」「紫電改」など500機余りの戦闘機が組み立てられました。当時、航空隊には、17歳から25歳までの若者が全国から約320名集められ、ここで30時間の飛行訓練を受けた後、各航空隊へと散っていきました。

昭和20年には、練習生による神風特攻隊「白鷺隊」が編成され、終戦までに63名の尊い命が失われました。現在も、飛行場の周辺には防空壕の跡など生々しい戦争の爪痕が見られる貴重な施設です。

施設詳細

名称:
鶉野飛行場跡(うずらのひこうじょうあと)
所在地:
加西市鶉野町
アクセス:
中国自動車道加西ICを出て左折し、飯森交差点を左折、約500m先、フラワーセンター南入り口手前を右斜め方向へ進み約2km先右手方向。
問合先:
0790-42-8823(加西市観光案内所)